1992年の都市計画法改正により、わが国でも初めて「市町村の都市計画に関する基本的な方針（マスタープラン）」が制度化されました。新しく登場するマスタープランについて、国会審議で内容や効力について多くの質問が出され、これから解明し、検討しなければならない点もいろいろあるようです。
　ところで、地区計画制度の導入時に参考とされたドイツの都市計画制度では、市町村レベルの土地利用計画である「Ｆプラン」（Flächennutzungsplan）がマスタープランとしての機能を有しています。この制度は、第二次大戦までの経験をもとに1960年に確立されたものです。ＦプランとＢプランという二段階のプランで構成される建設誘導計画（Bauleitplanung）のシステムにおいて、Ｆプランは重要な位置にあります。その後も、計画の実施に伴って明らかとなった問題に対処するため、制度の一部が改善されています。
　このようなドイツにおける経験は、市町村の都市計画に関する基本的な方針として新たにマスタープランを策定しようとしているわが国においても、大いに参考にされるべきものでしょう。そこで、ドイツとの比較を通じて、わが国のマスタープランを考えてみたいと思います。
（1996.09.09掲載）

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　以下の資料は、1995年度日本建築学会大会の都市計画部門研究協議会資料「地域像と計画のパースペクティブ」に掲載したものを基礎に、表現を「です、ます」に変えるなど、少し手を加えたものです。関連する建設法典の条項も示しておきましたので、建設法典の抄訳も参考にして下さい。
　なお、現在では、「都市計画マスタープラン」は、都道府県が策定する「都市計画区域マスタープラン」と、市町村が策定する「市町村都市計画マスタープラン」の2段階とされています。しかし、「市町村の都市計画に関する基本的な方針」が誕生した当時は、市町村が策定する具体的なビジョンが「都市計画マスタープラン」であり、都道府県が策定する「整備、開発又は保全の方針（整・開・保）」とは性格が異なると受け止められていました。その後、整・開・保も手直しされ、都道府県によるマスタープランである「都市計画区域マスタープラン」と位置づけられることになりました。（2018.03.20解説更新）

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表−１　Ｆプランとマスタープラン

	Ｆプラン（ドイツ）	マスタープラン（日本）
プランの策定主体	市町村	市町村
策定への住民参加	早期参加および縦覧手続	公聴会等、市町村の創意工夫
議会の議決	必要	不要（審議会の議を経る）
プランの拘束範囲	策定に参画した行政部門（特に、Ｂプラン策定を拘束）	市町村が定める都市計画
上級官庁の監督	策定手続きと内容の合法性に限り上級官庁が審査を行う	都道府県に通知するのみでよい
上位計画	地域計画の目標（州発展計画や地方計画など）	整備、開発又は保全の方針、および市町村の基本構想
プランの形態	図面に説明書（2004年改正で「理由書」に変更）が附属する	本文と附属図面からなる
プランの対象区域（対象区域の一部除外）	市町村全域を原則として１枚の図に示す（対象区域の一部を除外可能）	都市計画区域のみで、全体構想と地域別構想から成る（区域除外に関する規定なし）
プランに含むべき内容	法律の規定に従って市町村が個別に判断するが、一部を除外することも可能	通達に一定の事項が示されているが、法律には規定がない
用途・形態規定の表示方法	用途はＢプランより概括的なものが主体で、容積率は示さない例が多い	市町村に委ねられているが、住民にわかりやすく提示することが求められている
他計画との関係	交通計画、学校発展計画や景域プランがあれば、原則としてそれに従う	他計画を具体化・詳細化して施策を体系化することが望まれている
隣接市町村のプランとの調整	プランの策定に参画し、調整を行うことが規定されている	通達に調整を行うことが示されているが、法律には規定がない
現行の拘束的規定と異なる内容の可能性	準備的計画なので、既存Ｂプランと異なる内容も可能	具体性ある将来ビジョンであり、現行規定に拘束されない
プランの変更	全面見直しは10〜20年程度で行われるが、小規模な変更は随時（主にＢプラン策定時で、年に数回は行われるケースが多い）	特に規定はないが、数年から十数年の経過で変更されると思われる

１．Ｆプランとは

　1960年に都市計画の基本法として制定された連邦建設法により、準備的建設誘導計画であるＦプラン（Flächennutzungsplan、土地利用計画）と、拘束的建設誘導計画であるＢプラン（Bebauungsplan）の二段階の法定都市計画制度が確立しました。その後部分的な変更はあったものの、制度の基本は今日まで受け継がれています。
　Ｆプランは、市町村の全域について、その将来の必要に応じ、都市を発展させようとする意図に従って土地利用の基本を表示するもので（建設法典第５条）、市町村全域を対象とした唯一の法定都市計画です。幹線道路等の広域に関係する施設はすでに上位計画や部門別計画で定められており、Ｆプランには通知として記載されるだけですが（同条第４項）、土地利用に対する市町村決定の自由度はかなり大きくなっています。このため、計画策定に早期から住民が参加することが重視されており（建設法典第３条第１項）、以前から様々な住民参加が行われています。このＦプランは策定に参画した公的計画機関を拘束しますが、一般市民の権利に直接に影響するものではありません（建設法典第７条）。一方、Ｂプランは、都市の秩序のために必要な法的拘束力のある指定を行うもので、Ｆプランから展開（entwickeln）されます（建設法典第８条第２項）。したがって、Ｆプランの内容はＢプランを経由して間接的に一般市民に影響します。Ｂプランがいつ策定されるかは状況によって左右され、Ｂプラン策定の時点でＦプランの内容が修正されることも少なくありません。Ｆプランが「準備的」な計画とされているのはこのような事情によるもので、ＦプランとＢプランという２つの段階を経ることではじめて実効力ある都市計画となるわけです。
　なお、ＢプランとＦプランのうちでは、Ｂプランの方が早期に成立しており、ＦプランはＢプランを前提として考えられた計画手法である点に注意する必要があります。州によって違いはありますが、Ｂプランのような地区の計画は道路計画として19世紀に成立していたのに対し、準備的なプランが制度化されたのは20世紀以降のことです。数ヘクタールの地区を対象として策定されるＢプランにおいては、住民の合意形成が図られ、都市の秩序に必要な限りでかなり細かい規定も行うことができます。このＢプランの存在が、Ｆプランを準備的で概括的な計画にとどめる作用を有している点に注意すべきでしょう。もしＢプランがなければ、Ｆプランは具体的な事項を含まざるを得ないため、わが国の法定都市計画図に近い性質のものとなっていた可能性も否定できません。
　一方、わが国において住民を拘束している都市計画は、俗に「線引き、色塗り」と呼ばれているように、ＦプランやＢプランに比較するとかなり大まかなものです。大まかで自由度が大きいために、住民の十分な合意形成がなくとも極端な矛盾が生じなかったという側面もあるでしょうが、社会の発展に伴って不十分な面が出てきていることは事実であり、それが先般の都市計画法・建築基準法改正の重要な動機となっています。マスタープランに関する建設省の通達で市町村の全体構想に加えて地域別構想が求められていることからもわかるように、今回新設されたマスタープランは、これまでの都市計画を変革するという期待を担っており、従来の法定都市計画より詳細になると思われます。

２．Ｆプランとマスタープランの比較

　表−１は、主な項目についてドイツのＦプランと日本のマスタープランを比較対照したものです。プランの策定主体は市町村で、住民の参加が図られることも両者に共通していますが、それ以外の点ではあまり共通点が見られず、むしろ違いの方が目立っています。これらの相違点は、大きく２つにまとめることができます。
　第１の違いは、Ｆプランは細部をＢプランに、専門的な部分を交通計画などの部門別計画に委ね、負担が過重にならないように考慮されているのに対し、従来の都市計画の不十分さへの対処として登場したマスタープランの方は多くの課題を負わせられている点です。もちろん、Ｆプランの身軽さはマスタープランと比較した場合のことで、ドイツの市町村行政にとって大きく重い課題であることは確かで、1960年代中期以降に行政改革で市町村合併が推進される原因のひとつともなっています。わが国の市町村はドイツに比較すると規模が大きく、より大きな負担に堪え得ると思われますが、「線引き、色塗り」と呼ばれていた従来の都市計画に比較して急に負担が増加することはやはり問題でしょう。
　第２は、細かい規定が法律に定められているＦプランと違い、マスタープランでは都市計画法に細部に関する規定がなく、市町村に広く自由度が認められている点です。建設省の通達にはかなり細かい内容も含まれていますが、Ｆプランに関する規定と比較すると策定手続等で不明確な点も少なくありません。好意的に解釈すると、マスタープランでは市町村が創意工夫を行う余地が大きく、場合によってはＦプランに近い利用法も有り得ます。この点を利用して、はじめから完成したマスタープランを目ざすのではなく、Ｆプランを参考にして段階的に質の向上を図っていくことも可能でしょう。しかし、細かい規定がないため、意識的にマスタープランを利用していくように努力しないと、単に「プランを策定しただけ」で、都市計画行政は従来のままという事態になることも懸念されます。これから行われようとしているマスタープランの策定・運用は、将来の日本都市計画へ大きな影響を与える重要な作業だと思います。

３．Ｆプランの変遷と柔軟化

　先に述べたように、Ｆプランは1960年の連邦建設法によって成立したものですが、その後いくつかの点で修正が行われています。このプラン成立以降に行われた改正は、プラン実施の経験を生かした対応であるので、学ぶべき点が少なくないと思われます。
　表−２は、1960年以降のドイツ都市計画制度が変遷していった概要を示したものです。戦後のドイツ都市計画制度は、ほぼ３つの時期に分けることができます。第１期は２段階都市計画制度の誕生期で、1960年の連邦建設法制定と1962年の建築利用令がこれにあたります。第２期は都市計画の能動化が求められた時期で、1971年の都市建設促進法に始まり、その手法を連邦建設法に取り入れた1976年の改正で最高潮に達しました。第３期は1979年以降で、制度の柔軟化、および迅速化が求められるようになり、1976年に新設した制度を廃止して旧来の手法に戻された部分もあります。ドイツの都市計画制度は国際的にも厳格で時間のかかるものだと言われており、産業の国際競争力を保持するために手続きの迅速化が求められたという面もあります。第３期で重要な点は、迅速化のみならずプランの柔軟化が図られていることです。先に述べたように、ＢプランはＦプランから展開されますが、その時点の必要に応じて策定されるＢプランの内容が、長期的視点で策定されていたＦプランの表示に適応できない場合が生じます。この対策としては、Ｆプランの表示を柔軟化してＢプランへの拘束力を弱める方法と、Ｆプランの修正を容易にする方法があり、この両方に関して制度が改善されています。

　表の右端に示した(１)から(７)の番号は、都市計画制度の変遷のなかでＦプランのあり方にとって重要なポイントを示しています。そこで、これらの点について説明しましょう。

　(１)1960年の連邦建設法により、Ｆプラン（準備的建設誘導計画）とＢプラン（拘束的建設誘導計画）が二段階計画として成立し、その後の都市計画の基本となりました。

　(２)建築利用令は、ＦプランやＢプランにおいて、建築的利用の用途や密度をどのような方法でどこまで定め得るかを示したものです。1962年に初めて定められた建築利用令は、主にＦプランで示す用途区域（Bauflaeche）とＢプランで指定する用途地区（Baugebiet）の対応関係を制限し、組み合わせを限定していました。例えばＦプランで住居区域を表示した場合、Ｂプランで指定できる用途地区は菜園住居、純住居、一般住居に限られます。

　(３)準備的計画であるＦプランの段階と異なり、拘束的計画のＢプランの段階では様々な細かい点を考慮する必要が生じます。例えば、Ｆプランで住居区域としていた区域の一部に工場と住宅が混在した地区があり、工場経営のために混合地区の指定が必要となる場合も生じるでしょう。このような場合、1962年の建築利用令ではＦプランの住居区域を混合区域に変更することが必要で、煩雑でした。このような事態を避けるため、1968年の建築利用令は用途区域と用途地区の関係を緩めました。この結果、Ｆプランの住居区域の一部にＢプランで混合地区を指定することが可能となり、プランの柔軟性が向上しました。

　(４)70年代前半にドイツでは都市発展計画（市町村の総合計画）が普及しました。これを受け、1976年の連邦建設法改正は、都市発展計画がある場合は、それを考慮してプランを作成することを定めました。同時に、都市発展計画を変更した場合はＦプランへの影響を考慮し、またＦプランに都市発展計画に沿わない点がある場合には理由を説明することを求めています。この改正は、結果的にＦプラン策定への制約を大きくしました。

　(５)Ｆプランの柔軟化のもうひとつの方法は、修正を容易にすることです。Ｆプランの表示に適合しないＢプランを定めようとする場合、Ｂプラン策定と同時にＦプランを変更することが従来から行われていましたが、法律に手続きが明示されていないため、合法性について疑問が出されていました。そこで、1979年の改正はＢプラン策定と同時にＦプランを変更できることを明示し、その際の認可と告示の方法を示しました（建設法典第８条第３項として継続）。ところで、Ｆプランは市町村全域にわたって土地利用の計画を示すものであるため、関連する行政部門も多くなります。このため、ある部分に関して、関係する部門の計画がまだ決定していなかったり、他部門の見解と相違するため、調整の困難な場合も生じます。かといって、調整がつくまでプランの策定を中断することも問題です。そこで、このような場合について、除外部分がプランの他の部分に影響を及ぼさないことを条件に、市町村の申請によって空間的または内容的な一部分を除外してプランを認可できることとし、プラン策定への負担を軽減しました。この規定は、建設法典第６条第３項として市町村の申請が不要になった形で受け継がれています。

　(６)建設法典は、２つの点でＦプランの策定を容易にしました。まず、1976年の改正で追加された都市発展計画を考慮する義務を削除しました。プラン策定時には様々な利害を考慮すべき事が規定されているから、都市発展計画を考慮することを規定するまでのことはないというのが理由で、この変更はプラン策定時の検討の負担を減らし、手続迅速化に寄与するものです。同時に、1979年の改正を一歩進め、Ｆプランに調整の困難な部分がある場合は、当初からその部分を除外してプランを策定することを認めました（建設法典第５条第１項）。もちろん、市町村全域にわたって土地利用の計画を示すというＦプランの任務は不変で、除外した部分の表示が可能になり次第、決定する必要があります。

　(７)東西ドイツ統一の動きは、都市計画制度にも大きな影響を与えました。東ドイツでは、建設法典を適用する準備として「建設計画および許可令（BauZVO）」が制定されましたが、都市計画行政の蓄積が少なく、市町村の規模も小さいので、建設法典に比較してかなり柔軟な手法も導入されていました。Ｆプランについて重要な点は、空間的な部分、あるいは内容的な部分のみを対象とした部分Ｆプランが認められたことで、市町村がその状況に応じてＦプランを徐々に策定していくことを可能としました。この制度は、旧東ドイツの市町村のプラン策定の負担を大きく軽減するものとして好感をもって受け入れらています。なお、「建設計画および許可令」のうち建設法典と大きく異なる部分は、東西ドイツの統一に際し「経過規定」としてほぼそのまま建設法典に取り入れられており、部分Ｆプランも旧東ドイツ区域について1997年末まで認められることとなっています。

　Ｆプランの変遷をみていくと、発足したばかりの市町村マスタープランが背負っている課題の大きさがわかります。わが国ではドイツと比較して市町村に与えられている権限は小さく、上位計画の制約が大きいにもかかわらず、大きな成果を期待されているように思えます。そのドイツでも、都市発展計画をＦプランの上位計画とする問題のように、一旦行った改正を以前に復した例もあります。わが国のマスタープランを育てていくには、行政と研究者の大きな努力が必要です。インターネットも活用し、誕生したばかりのマスタープランを育てていきましょう。

　上記の説明は、日本にマスタープランが登場した時代の都道府県と市町村の関係を念頭に記したものです。しかし、2011年の「地域の自主性及び自立性を高めるための改革の推進を図るための関係法律の整備に関する法律」による都市計画法第19条第3項の改正により、市の都市計画権限は大きく拡張され、ドイツの市と比較しても強大になりました。果たして市は、この権限を活用し、「住みやすいまちづくり」を促進する方向へ進めるでしょうか。私は、「運用によっては、都道府県による都市計画区域の整備、開発及び保全の方針（いわゆる「都市計画区域マスタープラン」）はもちろん、区域区分（線引き）の権限まで空洞化しかねない」と、不安の混じった目で眺めております。（2020.12.03追記）

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