ドイツまちづくりQ&A
景域、水循環と再自然化
ドイツはBプランだけでなく自然や景域の計画でも有名で、数名の方から質問をいただいております。そこで、用語と計画について説明した後、具体的な活用の場となっている水の循環と再自然化に触れたいと思います。
「景域」は初めて聞く言葉ですが、何のことですか。
では、ビオトープという言葉はどうですか。
景域計画とFプラン・Bプランの関係はどうなっていますか。
水の循環や再自然化にどのように活用されているのでしょうか。
「景域」は初めて聞く言葉ですが、何のことですか。
「景域」という言葉は、緑地計画を専門とする方々が、ドイツ語 "Landschaft" の訳として考えられたもので、「人間の生活・生産活動が行われている動的な地域(井手久登/武内和彦『自然立地的土地利用計画』、p.5)」を指します。しかし、"Landschaft" はほぼ英語の"Landscape"に相当する言葉で、独和辞典にも「風景」とか「景観」と説明されています。だから、景域という言葉を使わず、景観や風景と訳す方もいらっしゃいます。
実は、この "Landschaft" という言葉は、ドイツでも「誤解されやすい」と問題にされています。しかし、問題視される方も、1976年に制定された連邦自然保護法(Bundesnaturschutzgesetz)に "Landschaft" が明示され、多くの自治体が "Landschaftsplan" を策定してしまった現在では、別の言葉に代えることはできないことを認めています。日本語を使う我々としては、次の3種類の対応があるでしょう。
無理に日本語に訳さず、ランドシャフト、Lプランなど、ドイツ語やその頭文字を用いる。
辞書に沿って "Landschaft" を「景観」と訳す。
本来の "Landschaft" の訳として適切な日本語を用いる。
以上のいずれの方法にも、それなりの長所と短所があります。
「景域」は、上の3番目の方法として考え出された言葉です。この種の造語にあたっては、誤解を生じず、その言葉からイメージされるものが実態にふさわしいこと、等が求められます。まちづくりではドイツの「Bプラン」が有名で、これを「地区詳細計画」と訳される方が多いようですが、
Bプランを「地区詳細計画」と訳したくない理由
に説明しているように、この訳語には問題があります。しかし、「景域」という言葉にはこのような問題がなく、優れた訳ですので、私もこの言葉を使わせていただいております。一方、辞書に沿って "Landschaft" を「景観」や「風景」と訳すことには、問題を感じます。もともと景観や風景は「目で見た状況」を示す言葉で、生態学(エコロジー)との関係が薄いからです。"Landschaftsplan" は、結果的に目で見た光景にも影響しますが、本来は土地の利用を扱うものであり、景観や風景という言葉でイメージされるものとは質が違います。(02.03.24)
では、ビオトープという言葉はどうですか。
生物を意味する "Bio" と、場所を意味するギリシア語 "Topos" から造られたドイツ語ビオトープ="Biotop" は、景域計画の分野で「空間的に区分可能な、ある特定の生態系が認められる範囲」を示す言葉です。わが国にはビオトープ管理士という資格もありますが、そこでは「もともとその地域にいる野生の生きものたちがくらす場所」などと説明され、トンボやカエルが繁殖できる池のある空間がイメージされます。わが国で一般的に理解されているビオトープは、本来の意味を基準に考えると「価値の高いビオトープ」になります。もちろん、言葉というコミュニケーションの手段は、みんなが違った意味に使うようになれば、それが「その言葉の意味」になりますから、私も原義にこだわるつもりはありません。
それでも原義を説明したのは、ビオトープが集積したものが "Landschaft"=景域だとされているからです。ドイツの景域計画への興味が高まっていますが、景域計画を調べていくと「ビオトープ」に出会うことになります。たとえば、ノルトライン・ヴェストファーレン州が作成したビオトープリストには、「森林」や「沼地」などに加え、「道路」や「建物」も出てきますので、日本的なビオトープの意味しか知らない方は、頭が混乱するかもしれません。ビオトープの本来の意味を説明したのは、景域計画の理解を容易にしたいと思うからで、「生態系を基準とした土地の分類方法」だと考えていただければいいでしょう。(02.03.24)
景域計画とFプラン・Bプランの関係はどうなっていますか。
ドイツのまちづくりが全市の土地利用計画であるFプランと、地区毎の計画であるBプランという
二段階の計画
で誘導されていることは広く知られていますが、それと景域計画の関係を説明するのは少し骨が折れます、ドイツの憲法から始めなければならないからです。ドイツは連邦国家で、連邦、つまり国の立法権には、憲法(基本法とも呼ばれる)によって一定の制約が定められています。憲法第75条によると、自然保護(Naturschutz)、景域保全(Landschaftspflege)、あるいは地域計画(Raumordnung)等につき、連邦は州に対して大綱(Rahmen)となる立法を行う権限しか有していませんでした。具体的な規定は州法で定められるので、州によって方式が異なることとなります。この結果、外国人である我々がこの分野を理解するのが困難になり、同時に誤解も生じやすくなります。
景域計画(Landschaftsplanung)にもいくつかの段階がありますが、重要なのは "Landschaftsplan"=Lプランです。私がLプランについて調べたのは90年代前半ですが、当時はほぼ次の3類型に分けられました。
Fプランに包含され、Fプランの一部として策定される。
Fプランとは別だが、独自の拘束力を有せず、Fプラン策定時に考慮されることを通じて効力を発揮する。
Fプランから独立したプランで、独自に拘束力を有する。
なお、以上の3方式の中間に分類されそうな形態もあるようです。3番目の独自に拘束力を有する方式を採用しているのは、ノルトライン・ヴェストファーレン州だけでした。1や2の方式では自治体がLプランを策定しますが、ノルトライン・ヴェストファーレン州では、大規模な自治体は自治体の策定ですが、郡に属する小規模な自治体については郡レベルで策定されます。
(この部分は1994年の日本都市計画学会学術研究論文集に神吉さんと共同で「ドイツにおけるFプランと地域計画、景域計画の位置づけ」として発表した論文をもとにしていますので、詳しくはそちらをご覧下さい。)
州によっては、Bプランに対応したGプラン=緑整備計画(Grünordnungsplan)を有しています。バイエルン州ではGプランはBプランに包含されていますが、実例を見たところ、Bプランに沿って地区を開発するにあたり、緑をどのように計画するかを示していました。Lプランが主として市街地以外を対象としていることを考えると、市街地を対象とするこのようなGプランを、単純に「Lプランの下位計画」と位置づけていいものかどうか、悩んでしまいます。
ところで、「大綱的立法」を定めていた憲法第75条ですが、2006年の憲法改正で削除され、大綱的立法の対象とされていた分野は、連邦が立法を行える「競合的立法」に移されました。ただ、これまでの歴史に配慮し、自然保護、景域保全や地域計画などの分野では、連邦法と異なる法律を制定する権限を州に認めました(憲法第72条3項)。だから、状況は「大綱的立法」の頃とあまり変わりませんが、州法を定めなくても連邦法をそのまま適用できるようになった点は変化しています。(02.03.24/23.06.27更新)
水の循環や再自然化にどのように活用されているのでしょうか。
エコロジーが重視されている現在、景域計画はまちづくりにとって重要です。しかし、残念ながらドイツも都市計画の現場ではまだ開発志向が強く、自然の保全より住宅建設や工場誘致が優先されているのが実態です(緑地や農地を宅地に開発する際は、ミチゲーションとして代替用地を指定する必要はありますが、形だけのような印象も感じられます・・・)。そのような中で景域に関連してよく目にするようになっているのが、水の循環に関連する地表面の状況の扱いです。地球温暖化で水蒸気発生が増加し、大雨が多くなっている影響で、今後ますます重視されるだろうと考えられます。
ドイツは「西岸海洋性気候」で、「温暖湿潤気候」で多雨の日本と異なり、もともと雨はあまり多くなく、もちろん梅雨や台風はありません。このため、都市の排水施設は明らかに日本より小さめに造られています。1987年にエッセンの住宅地マルガレーテンヘーエを訪問した際に、案内してくれた方に、「以前、日本からの訪問者を案内した際に、下水への排水の開口が狭いが、これで大丈夫なのかと質問された」と話されていたことを思い出します。
ところが21世紀に入り、地球温暖化の影響もあり、大雨に襲われることが多くなっています。それと同時に、夏は逆に雨が少なくなり、暑さも厳しくなって、水不足や乾燥が問題となっています。大雨も、乾燥も、適度な水を維持する景域計画の重要なことを示唆しています。
私がまちづくりを観察しているルール地方で、水の扱いでモデルとなっているのが「エムシャー川」とその流域です。「ルール地方まちづくり通信」に、いくつか水の循環に関連した情報を紹介しているので、古い順に並べてみました。
「100年に1度」の洪水に耐えたエムシャー川の再自然化
2021.07.29 ··· 再自然化の効果
30年かけた工事でエムシャー川が遂に清流に戻る
2022.01.15 ··· 再自然化工事が一段落
ドイツと日本で異なる都市の「スポンジ」の意味
2023.06.08 ··· 郊外住宅地づくりと水の循環
ボーフムで環境に優しい道路づくりが進む
2023.07.16 ··· 道路断面に続き、中央分離帯の仕掛けについて
(23.06.27/23.07.16更新)
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