Bプランいろいろ ドイツ都市計画における地区計画の歴史や手続き |
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「西ドイツの都市計画制度」(学芸出版社、1981年)の表紙カバーに示した低層住宅地のBプラン(1971年発効)と、Google-Mapによる2020年頃の状況。 |
なお、ここに説明していることは、かつて「西ドイツの都市計画制度」(学芸出版社、1981年)に「訳者解説」として掲載した説明を基礎としていますが、ホームページ掲載にあたり、内容を調整しています。
1.警察主導の道路計画期 |
都市拡張のスピードが遅く、拡張範囲が狭かった時代は、これでも問題が生じませんでした。ところが、1862年になって、当時急成長をとげつつあったベルリンで大規模なBプランが作成され、制度の矛盾が一挙に表面化しました。このプランは、将来を見越して、約7000haの範囲に対して道路網を計画したもので、作成者の名前をとってホープレヒト・プランと呼ばれています。建物がまったくない地区についても縦横に広い道路を予定しており、年間1万人以上の人口増加が続いていたベルリンでは、道路建設を待って4〜5階建の貸アパート(Mietskaserne)が建てられていきました。貸アパートの居住水準は非常に低かったため、このBプランは、ベルリンの居住水準を低下させ、また地価を高騰させたものとしても非難されています。
市にとっての問題は、道路の建設費用です。広幅員の道路の建設費用のために市の財政支出が増大したのは当然ですが、まだ道路建設の見込みのない郊外で、Bプランで道路予定地に指定された土地の所有者が、道路指定に対する補償を求める裁判を提起したのです。当時は道路の建設時に用地を取得するのが通例でしたが、所有者の訴えが認められました。この先行補償によって自治体財政は一層圧迫され、制度を変革しなければならないという認識が広がりました。こうして、1865年と1866年に新法が提案されましたが、土地所有者層からの反対が強く、制定には至りませんでした。
2.自治体主導の道路計画期 |
第一の進歩は、道路計画の決定権を自治体に与えたことです。地方自治を尊重した面もあるでしょうが、主目的はむしろ自治体の財政状況に応じた計画を可能にすることにあったといわれています。これまでBプランを策定していた警察とは、協議することとなりました。同時に、決定にあたっての市民に対する計画案の縦覧と意見の提出も初めて制度化されています。
第二の進歩は、未完成道路沿いの建築を条例によって禁止することを認め、この禁止に対して補償する必要がないことを示した点です。道路計画を決定しても補償の必要がなくなったので、自治体は補償要求を恐れることなく道路計画を決定できるようになりました。なお、未完成道路沿いに建築を例外的に許可することも認められていました。
第三は、道路の新設費用とその後5年間の維持費用を沿道の土地所有者に負担させることを可能にしたことです。徴収の時期は、道路が完成し、かつその土地に建物が建てられる時とされました。徴収額は道路ごとに計算され、原則として各敷地の間口に応じて割り当てられました。なお、負担を求めることができるのは、道路幅のうち幅26mまでの部分で、それを越える部分は自治体の負担です。
用地取得費も含まれるため、負担金の額はかなり大きかったようです。「財政の苦しい市町村は、26mよりも広い道路は建設しなかった」、という話しも残っています。また、未完成の道路に沿って建物を建てようとする地主から、例外許可のための条件として敷地提供や負担金の事前支払いを受けようとする自治体も出てきました。その一方で、必ず負担金を徴収しなければならないわけではなかったので、徴収しない自治体もあったそうです。
この他にも、建築物への規制は依然として緩かったため、居住水準が劣悪な貸アパートの増大を止めることはできなかったことや、敷地の形状を道路網計画(Bプラン)に適合させることができなかったため、有効に利用しにくい敷地が生じる、等の問題がありました。この問題に対処するために誕生したのがゾーニングと土地区画整理で、いずれもアディケスが市長をしていた時期のことです。
アディケス(Franz Adickes, 1846-1915)は卓越した行政マンで、1877年にアルトナ市(現在はハンブルク市の一部となっています)の参事、1883年にアルトナ市長となり、1890年にはフランクフルト市長に選ばれました。ゾーンによって建築物の規制を定めるゾーニングは1884年にアルトナ市に導入されましたが、本格的なゾーニングは1891年のフランクフルト市のものだ、と言われています。また、土地区画整理はそれまでにも他都市で行われた例がありますが、この制度を普及させたのは1902年にフランクフルト市に導入された制度(アディケス法と呼ばれています)です。なお、ゾーニングはその後アメリカに伝わり、細分化された制度に発展していきます。土地区画整理の方は、関東大震災の時、東京市長であった後藤新平がアディケス法を紹介し、震災復興のために日本に導入された話しが有名です。
3.基盤・上物一体規制方式の確立 |
ドイツの都市計画制度を調べたことがある方は、このBプラン、つまり "Bebauungsplan" が、日本で「地区詳細計画」と訳されることがあることをご存じだろうと思います。Fプランは「土地利用計画」と訳されており、これは適切な訳だと思いますが、Bプランを「地区詳細計画」と訳すことには問題が多い、と考えています。
一般に、用語の翻訳では、「言葉の原義に基づいて」訳す方法と、「その言葉が意味しているものは日本で何と呼ばれるだろうかを考えて」訳す方法があり、いずれも一長一短です。前者の典型的なものが、Bプランを司法的に審査する手続きである "Normenkontrollenverfahren" です。「規範統制手続」とか「規範統制訴訟」と訳されているようですが、漢字を見ても何のことかさっぱりわかりません。だから、たしかに後者の方法は魅力的です。
「地区詳細計画」は、後者の典型的なもののように思われるかも知れません。"Bebauungsplan" には「詳細」を意味する言葉は全く含まれていず、この訳語は、建築物の形態や用途に関し、日本の用途地域制にない詳しい指定が行われていることがある点に着目した「造語」です。「地区詳細計画」という言葉は、現行のBプランのうちの一部に関しては適切な訳かもしれないとは思います。しかし、そう感じられるのは、あくまでも「Bプランの一部」だけです。私は、詳細な規定を含むBプランも、含まないBプランも見ているので、Bプランを詳細計画と呼ぶ気持ちにはなれません。
まず、「全てのBプランに建築物に関する指定が含まれている」わけではありません。これには、「プラン区域に建築物がないので当然指定がない場合」と、「プラン区域に建築物があるにもかかわらず指定がない場合」があります。前者に「建築物に関する指定がない」のは当然のことで、市町村が道路を建設するために道路だけのBプランを作成したり、鉄道複線化のために策定された線路用地だけの「ひょろ長い」Bプランなどの実例があります。
後者の例が、左に示したBプランです。これは、ゲームセンターなどの望ましくない娯楽施設の進出を防ぐ目的で、2014年にドルトムント市北部で策定されたプランです。まず、プラン区域が破線で示されています。その内部にいろいろ線がありますが、これは「敷地所有や建物の現状を示すための通知」であり、プランの指定ではありません。つまり、このBプランが図で指定しているのは、破線の「Bプランの範囲」だけなのです。もちろん、このBプランでは、ゲームセンターなどを許容しないことが文言が定められていますが、これは日本の建築基準法の別表に、「用途地域」毎に許容用途が示されているのと同じです。
このように「Bプランの範囲」だけを指定し、望ましくない変化を防いで現状を維持するための具体的規制は文言に委ねるタイプのBプランは、ゲームセンターなどの娯楽施設の侵入を予防したり、郊外の産業地区に大型店が進出するのを防ぐために、現在も多くの都市で策定されています。「簡易Bプラン」に分類されるプランではありますが、「Bプラン」を一旦「地区詳細計画」と訳してしまうと、図に何も指定されていないこのようなプランもすべて「地区詳細計画」(簡易地区詳細計画?)と呼ぶことになります。これでは、「羊頭狗肉」になってしまうのではないでしょうか。
次に、Bプランを歴史的な観点から眺めてみましょう。先の「ドイツBプラン成立史」で、現在のBプランが成立するまでを駆け足で説明しましたが、右に示したのが、現行の「基盤・上物一体規制方式」を確立したザクセン一般建設法(1900年)によって作成されたBプランです(クリックすると拡大表示されます)。現行のBプランは縮尺が500分の1程度と大きくなっており、たしかに建設法典第9条を活用した詳細な指定も見ることができます(ただ、建設法典第1条第3項により、指定が都市の発展と秩序に必要な範囲に限られている点には注意が必要です)。しかし、このザクセン法によるBプランは道路の計画が中心となっており、建物については階数と建築形式(建物を隣地境界線に接して建てるか、それとも距離を置くか)が指定されている程度です。なお、道路建設費用の負担に関する事項も示されています。その一方で、現行の一部のBプランに見られるような「詳細な」指定は見あたりません。このプランも、せいぜい「地区計画」としか呼べないように思えます。
この問題をさらに複雑にしているのが、Fプランが当初 "Generalbebauungaplan"(一般Bプラン)と呼ばれていたという事実です。Bプランを地区詳細計画と訳すと、これは「一般地区詳細計画」になってしまいます。Fプランの必要性を明らかにしたのは1893年にミュンヘンで行われた都市拡張プランのコンペだったと言われていますが、その時のプラン名が "Generalbebauungaplan" でした。この「一般Bプラン」という名称はその後も折に触れて用いられており、旧東ドイツでは1990年の統合まで続いています。Bプランが地区詳細計画なら、『Fプラン(土地利用計画)は一般地区詳細計画という名称で登場し、統合前の東ドイツでは一般地区詳細計画が市町村の土地利用を定めていた』ということになってしまいますが、この文を理解できますか ? 『Fプラン(土地利用計画)は一般Bプランという名称で登場し、統合前の東ドイツでは一般Bプランが市町村の土地利用を定めていた』という文なら、簡単に理解できるのではないでしょうか。
このように、精粗いろいろあるBプランのバリエーションをイメージし、現行プランが成立するまでの経過などを考えると、"Bebauungsplan" を「地区詳細計画」とは訳せなくなるのです。
こうして私は、『Bプラン(Bebauungsplan、「地区計画」、「地区詳細計画」とも訳される)』などと書いたりしています。「地区詳細計画」という訳が広がってしまったことを無視はできないので、やむを得ず最後に付け加える、という感じです。最近は B-plan と表記する人もおり、「地区詳細計画」という訳語に触れなくてもいい日が早く来ることを願っています。区 域 | 定 義 | 建設法典 |
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適格Bプラン(qualifizierter Bebauungsplan) | 「建築的利用の用途と密度」、「敷地内の建築許容範囲」、「地区内交通用地」の3要件を含んだBプラン | 第30条第1項 |
簡易Bプラン(einfacher Bebauungsplan) | 3要件のいずれかを欠いたBプラン | 第30条第3項 |
連たん市街地(im Zusammenhang bebauten Ortsteile) | 建物が連たんして並んでいる既成市街地 | 第34条 |
外部区域(Aussenbereich) | Bプランがなく、連たん市街地でもない区域 | 第35条 |
適格Bプラン(有資格Bプラン)
簡易Bプラン
連たん市街地
外部区域
ドイツまちづくりQ&Aに、「屋根の色や壁の色などはFプランとBプランのどちらで規定されるのですか」とか、「屋根の勾配、道路に面した壁の色、道路からの壁の距離、前に植える芝生の種類、芝生の管理の仕方等に至るまで都市計画で決まっていると聞きましたが」という質問が寄せられました。一応は説明しましたが、微妙な点もあるので、ここで説明したいと思います。
Bプランには、建設法典に基づく都市計画的な規定と、それ以外の法令に基づく規定が一緒に示されており、これがBプランに対する誤解の基となっています。Bプランの内容について定めている建設法典第9条は、次のような構成になっています。
狭義のBプラン(第1項) | 州法による指定(第4項) | |
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根拠となる法律 | 建設法典 | 州建築法 |
指定内容 | 都市計画的な発展と秩序に必要な指定 | 建築形態や外観に関する指定 |
指定の性質 | Bプランそのもの | Bプランに記された地区建築条例 |
指定事項の例 | 用途、高さ、建ぺい率、容積率、壁面後退、駐車場の位置や車の進入ルート | 壁の色、屋根の形・勾配や色、広告物の制限 |
ドイツまちづくりQ&Aに寄せられたBプラン指定についての質問事項は、ほぼすべてが州建築法による地区建築条例に関するものであり、建設法典を根拠とした指定ではないことを理解いただけると思います。なお、芝生の種類や管理の仕方がBプランで定められているという話しを聞いたことはありません。アメリカなどで行われているカベナント(covenant、住民自身が決めた約束事)なら、そのような項目が入っているかも知れません。ドイツでも自然保護法では植物の種類や管理について規制を行うことがありますが、自然としての価値が高い場合が対象なので、芝生では無理です。
建設法典第1条の3項が定めているように、Bプランに指定できるのは都市計画的な発展と秩序に必要な範囲に限られます。壁の色や屋根の形などが都市的発展と秩序にとって重要な意味をもつことが「絶対ない」とは断言できませんが、非常に珍しいと思います。たしかにこれらの建築形態に関する事項を指定しているBプランが各地にありますが、その根拠となっているのは都市計画的な必要性ではありません。州建築法の建築物の外観・形態に関する規定を根拠とした制限であり、厳密に言うと都市計画には含まれません。
都市の発展を制御する「都市計画」が意外と窮屈なのは、土地所有者の財産権を保護するためです。なお、Bプラン指定の精粗は事情によっていろいろですが、一般に、工業地よりも住宅地、低層住宅地よりも中高層住宅地で詳しくなります。工場を敷地のどこに建てるかが都市計画上の問題になることは希で、低層住宅地の環境は道路からの壁面後退でかなり保持でき、必要に応じて背面側にも空地を確保する指定が行われます。一方、中高層住宅の環境にとっては住棟配置の影響が大きいので、低層住宅よりも自由度を制限した指定が行われています。日本では1・2種の低層住居専用地域で各種の規制が最も厳しくなっていますが、地区の必要性に応じて規制強度を定めるBプランに慣れたドイツ人に日本の制度を理解していただくのは、とても困難だろうと思います。
しかし、初めてプランを策定する時はともかく、一部変更の場合などでは、関係する者が少なく、わざわざホームページや市役所に掲示する必要がない場合もあります。そのような場合に、短期間に少ない費用でプランを変更できる制度を利用できるようにしておくことには、プラスがあるはずです。このような観点から設けられたのが、建設法典第13条に示されている「簡易手続き」です。さらに建設法典の2006年改正で、建設法典第13a条として「迅速手続き」が追加されました。
3種類ある手続きについて、主な違いを表にまとめると、次のようになります。
手続き | 一般手続き | 簡易手続き | 迅速手続き(2007年〜) |
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住民参加 | 早期と縦覧の2回が必要 | 早期は略せ、縦覧も意見表明で代替できる | |
環境アセスメント | 調査して報告書を提出 | 必要ない | |
Fプランとの関係 | 適合しない場合はFプラン変更が必要 | 訂正されるので変更不要 | |
適用対象 | 全てのBプラン | ほぼプラン変更時に限られる | 新規プランでも一定程度活用できる |
21世紀に入ると、環境問題が重視されるようになり、EUの影響で、プラン策定に環境アセスメントが求められるようになりますが、簡易手続きはその対象外です。この結果、アセスメントが必要ない簡易手続きの対象を広げられないかも検討課題となり、プランの新規策定で簡易手続きを活用できるケースがごく僅かだけ認められました。
迅速手続き