世界遺産「ドレスデンのエルベ流域」抹消への過程

英語名称 "Dresden Elbe Valley" を、ユネスコは「ドレスデン・エルベ渓谷」と表記しています。しかし、川がなだらかに流れる現地の状況は、日本人が「渓谷」という言葉からイメージする姿とは異なるため、「流域」と訳しました。
(15.08.08/18.07.26更新)
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 ユネスコの世界遺産指定をめぐり、2015年は 「明治日本の産業革命遺産」で韓国とのやり取りが非常に注目を集めました。無事に指定を獲得できましたが、今後に問題が残っていると指摘される方もいらっしゃるようです。とにかく、国際的な枠組みで進行される事柄なので、予想外の動きや、ある理解が一旦広がってしまうと後で修正するのは非常に困難になることがあり、「国内の問題ならこうはならないのに」と嘆く場面も出てくるかもしれません。

 これまでの世界遺産に関する50年近い歴史で、抹消された世界遺産は、オマーンの自然遺産「アラビアオリックスの保護区」と、 ドイツの文化遺産「ドレスデンのエルベ流域」だけです。オマーンの場合は、保護区の90%を削減するオマーン政府の方針によるもので、了解済みの「取り消し」だったと言えるそうです。一方、ドレスデンでは、ドレスデン市側は最後まで抹消に反対して動いており、唯一の「意に反した登録抹消」だったと言えます。しかも、その経過には住民投票が絡んでいます。

 当初、私は、橋の建設に関する住民投票の面からこの問題にアプローチしました。住民投票の背景には、市議会の勢力が選挙で変化したことがありました。さらに調べていくと、州と市の権限や、景観評価のあり方が絡んだ、非常に複雑な問題であることがわかりました。新しく橋を建設することは、世界遺産指定について調査に来たイコモス(国際記念物遺跡会議)メンバーの方々に事前に説明されていました。ところが、イコモスは、指定を審議する2004年の世界遺産委員会に、橋の建設地点を誤って報告しています。このミスがなければ、ドレスデンは世界遺産から抹消されなかった可能性もあると考えられるのですが、なぜ「誤った報告」が行われてしまったのかは、残念ながら明らかになっていません。


工事中のヴァルトシュロッセン橋(2010年撮影)

 しかし、私が最も問題だと思っているのは、景観評価の方法です。景観評価の報告書を読みましたが、橋の長さを重視するなど、「新橋の建設は景観に致命的な影響を与えることを前提にして検討を進めているのではないか」という疑いを抱かせる内容だったからです。新橋は、上記のイコモスによる当初評価にもあるように、歴史的な橋との調和を考え、設計競技を実施して選定されたデザインだと考えられます。しかも、危機遺産リストへの掲載を受け、さらに改良が加えられました。ドレスデンの関係者は、この経過を踏まえて反論に努めましたが、その声が世界遺産委員会にしっかりと伝わることはありませんでした。

 実は私は、「新橋が建設されても、景観が悪化するとは言えないという結論を導き出すことも可能だったはずだ」と考えています。 ドイツでは、同じ問題を複数の研究所が評価したり、ある研究所の報告を、別の研究所が検討することもあるのですが、そのように慎重な検討方法は取られませんでした。だから、「問題が一旦こじれると、挽回できないまま抹消へとつながる危険性がある」、そういう印象を受けました。

 世界遺産は2009年に抹消されました。私は、その翌年の2010年にこの問題を集中的に調べ、現地も視察し、結果を2011年の日本建築学会大会で発表しました。最近、この世界遺産抹消について、インターネット上にもいくつか報告が出されていますが、景観評価の内容面にまで触れたものは見出せませんでした。大会発表の梗概なのでわずか2ページですが、下の"pdf"のマークをクリックし、ご覧ください。

ドレスデンにおける世界遺産の登録抹消に至る経過
− 景観問題の背後にあるもの −
発表の末尾に主要な調査資料の一覧を示しており、最後の「アーヘン大学視覚検討報告」が、方法的な問題が感じられる景観評価の検討報告書です。学会発表では、そのどこが問題だと感じられるのかについても、簡単に触れています。

登録抹消を予防するために

 この件から「登録抹消を予防するために有効なポイントが一つある」ことがわかりますので、記しておきたいと思います。それは、当初の登録決定時に委員会に提出され、審議される英文資料をしっかり読み、ミスがないようにしておくことです。ドレスデン・エルベ渓谷でも、"Advisory Body Evaluation"に書かれていた「5km川下」がミスだと気づき、事前に「3km川上」と訂正しておけば、遺産が抹消されることはなかった可能性が高い、と考えられるからです。
 ドレスデンの場合は、結果的に「イコモスのミスを見落としてしまったことが、致命傷となった」のかもしれません。

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