ドイツまちづくりＱ＆Ａ　 自治体レベルの住民投票

　わが国には、開発や環境をめぐって住民投票を要求する動きがあります。ドイツでは、連邦、州、自治体（市町村）の３段階とも、一定の有権者による直接投票制度がありますが、自治体レベルの直接参加は、長らくバーデン・ヴュルテンベルク州に限られていました。ところが、1990年代に入り、自治体レベルで住民投票制度が急激に連邦全土に拡大し、まちづくりに関係する問題も取り上げられてきています。状況を見ていると、住民投票が住民参加として最も優れた方式だとも言えませんが、そのマイナスを補うヒントを垣間見ることができるかもしれません。

バーデン・ヴュルテンベルク州の制度はどのようなものですか。 住民投票までの手順を教えて下さい。 90年代に住民投票制度が連邦全土に広まったのはなぜですか。 州によって制度にどんな違いがあるのですか。 最近の住民投票にどのような例がありますか。 Ｂプランの当否を住民投票で争うことができますか。

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バーデン・ヴュルテンベルク州の制度はどのようなものですか。

• まずバーデン・ヴュルテンベルク州の位置ですが、直接民主制で有名なスイスと接するドイツ南西部にあり、州都はシュツットガルトです。ここでは、1950年代から自治体レベルの住民投票制度がありましたが、実験的に導入されたという性格のため、いろいろと制限が厳しく、あまり利用されませんでした。それまでの経験で住民投票に特段の問題がなかったので、さらに参加を拡大するため、1975年の自治体法改正で条件が緩められました。そこで、この時行われた改正のポイントを説明しましょう。
• もともと、住民投票を発議できるのは、自治体議会と住民の２つがあります。議会が発議するには３分の２の議員が賛成することが必要で、これは従来どおりですが、住民が要求する場合に必要な署名数が若干少なくて済むようになりました。どんなに大規模な自治体でも、2万4千人の署名（改正前は3万人必要）があれば十分です。
• 改正事項の２番目は、投票の対象とできる範囲が拡大されたことです。たとえば、住民全体の役に立つことが明確な公共施設につき、それまでは建設と重要な拡張しか求められませんでしたが、廃止を求めることもできるようになりました。
• この時の最も重要な変更点は、投票が成立する要件でした。それまでは、「有権者の過半数が投票する」ことが必要とされていたため、案件に反対する住民が投票をボイコットすれば、成立を容易に阻むことができました。そこで、改正法は、基準を投票参加者全体の数でなく、「はい」か「いいえ」に投票した人が有権者に占める率（絶対得票率）に変えました。改正で、成立要件が「投票した人の過半数、かつ有権者の30％以上」となったので、結果が投票ボイコットの有無に影響されることを防げるようになりました。
• この民主化改正の結果、バーデン・ヴュルテンベルク州における住民投票の事例は、それまでと比較してかなり増加しています。（02.12.26）

• 以上はバーデン・ヴュルテンベルク州の手順です。他の州もほぼ同じですが、最後の「有権者の30％以上」と「投票後３年間」の部分の数値だけはかなり違いがあります。各州の制度を比較したところ、「有権者の25％以上」、および「投票後２年間」というのが最も多いようです。また、署名活動の開始前に質問の文言を自治体に提出し、許容性についてチェックを受けられるようにしている州もあります。
• もちろん、先に述べたように、住民による署名活動（住民請求）でなく、議会自身が決定を住民の投票に委ねる「議会発議の住民投票」もあります。その場合は1〜3の手順が不要となりますが、議会の発議には3分の2の賛成が必要となります。（02.12.26／20.10.02更新）

• バーデン・ヴュルテンベルク州に続いて自治体レベルの住民投票を導入したのは、北部のシュレスヴィヒ・ホルシュタイン州（州都はキール）です。導入のきっかけとなったのは、1987年州議会選挙におけるスキャンダル、バルシェル事件です。選挙後、州民の信頼を取り戻すべく開かれた州議会では、与党と野党の陣営が同数になり、麻痺状況に陥った結果、解散して再選挙が行われました。新たな選挙で選ばれた議会は「政治改革」を課題に掲げ、「憲法と議会改革」の調査委員会を設置しました。答申に基づき、1990年3月に全会一致で新たな州憲法が可決されました。改革の理念は「民主主義とは公開して解決していくこと」で、新憲法はその証人です。続いて1990年4月に自治体法が改正され、自治体レベルの住民投票制度が導入されたわけです。
• 1990年は、東西ドイツが統合された年でもあります。「私たちが主権者たる国民だ」というスローガンが示すように、東ドイツの「穏やかな革命」の主役は一般市民でした。各都市や地域に結成された円卓会議のメンバーには、環境保全やまちづくりに携わっていた者も少なくなく、民主主義の基礎となる自治体に影響力を持つことを望みました。この結果、1990年5月に制定された「ドイツ民主共和国における自治体および郡の自治に関する法律（通称：自治体憲法）」に、自治体レベルの住民投票制度が定められました。同年の7月に旧東ドイツに5つの州が復活し、各州が独自に自治体法を制定することになりましたが、5州とも自治体憲法で導入された住民投票制度が受け継がれることとなりました。もちろん、この状況は、同年10月3日の東西ドイツ統合後も継続しています。
• その後、住民投票は西ドイツの諸州でも拡大することとなりました。ドイツ16州のうち、3つは都市州（ベルリン、ハンブルク、ブレーメン）で、一般の州は13あります。最後まで残っていたザールランド州においても、市町村長の直接選挙（1994年）に続き、1997年４月の法改正で住民投票制度が導入され、13州のすべてで自治体レベルの住民投票が可能となりました。もちろん3つの都市州にも投票制度はあるので、全16州で投票できます。（02.12.26／05.09.18更新）

• 制度が拡大していく中で、住民投票が容易になる方向で修正が行われています。この結果、住民投票のパイオニアであるバーデン・ヴュルテンベルク州は、2000年前後の時点で見ると、制限が最も厳しいグループに属しています。逆に制限が最も緩いのがバイエルン州で、他の州はその中間に位置します。
• バーデン・ヴュルテンベルク州と他の多くの州の違いは、大きく２つありました。ひとつは、投票結果が成立する要件となる絶対得票率の数値が違うことです。30％が必要な州はバーデン・ヴュルテンベルク州を含めて３つで、大半の州では25％で投票が成立します。バイエルン州では条件が緩く、人口５万人までなら20％、５〜10万人で15％、そして10万人以上の都市では有権者の10％の得票で投票が成立します。住民投票を請求する際の署名が人口規模が大きくなるほど減少する州はたくさんありますが、投票の成立要件である絶対得票率も人口規模で変化するのは、バイエルンが初めてでした。（実は、1995年にはじめてバイエルン州に住民投票制度が導入された際は絶対得票率の条件がなく、この点が州の憲法裁判所で州憲法に反すると判断されました。自治の核である市議会に定足数があることと比較してもおかしい、ということでした。）
  その後の2011年に、ノルトライン・ヴェストファーレン州も、住民投票が大規模な都市で成立しやすくするため、「人口5万人以上は有権者の15％、10万人以上は10％」で良いことに緩和しました。
• もうひとつの重要な違いが、投票の対象事項です。バーデン・ヴュルテンベルク州には、対象として許容される厳しい「ポシティブリスト」と、対象から除外される「ネガティブリスト」の両方があります。自治体議会が条例に定めることで投票対象を一定程度拡大できますが、このような「ポシティブリスト」があるのは３つの州だけです。一方、バーデン・ヴュルテンベルク州に続いて住民投票を導入したシュレスヴィヒ・ホルシュタイン州では「ポシティブリスト」は例示なので、許容範囲が広がります。さらに、1992年に住民投票を導入したヘッセン州（フランクフルトがある州です）になると、７項目の「ネガティブリスト」だけなので、除外事項に当てはまらなければ投票を請求できます。なお、1990年に東ドイツに導入された制度も「ネガティブリスト」だけでしたが、除外事項が非常に広く、現在もこの方式を引き継いでいる州は１つだけです。
• もちろん、バーデン・ヴュルテムベルク州の住民が、手をこまねいて違いを傍観しているわけではありません。州議会野党が、何回か他州並みの改正案を提出していましたが、与党の壁に遮らていました。しかし、各地での住民投票の高まりを受け、2005年に、ようやく他州並みの「25％」に改正されました。
• ドイツ１３州における自治体レベルの住民投票制度を概観し、互いに比較検討した結果を、2003年の日本建築学会大会で「ドイツにおける自治体レベルの住民投票制度　−１３州の比較検討−」という題名で発表致しました。量的に２ページだけですが、ここにそのpdf版をアップしましたので、マークをクリックし、参考にご覧ください（アクロバットリーダーという無料ソフトが必要です）。なお、2003年に行った発表なので、バーデン・ヴュルテンベルク州の絶対得票率は、まだ「30％」になっています。（02.12.26／15.03.25更新）

  ドイツにおける自治体レベルの住民投票制度 − １３州の比較検討 −

• 自治体レベルの住民投票が連邦全体に広がってから、実例が増加し、ますます多彩になってきています。その傾向は、とくに住民投票へのハードルが低い州で顕著です。最もハードルが低いのがバイエルン州で、その次のレベルがノルトライン・ヴェストファーレン州です。
• 私は、ノルトライン・ヴェストファーレン州の人口密集地帯であるルール地方の6都市について地元ニュースを読んでおり、住民投票や、その前段階である住民請求の実例を、次のブログで紹介しています。
  ブログ「ルール地方まちづくり通信」
  ページの右上に、「ブログ内検索」のボタンが見えます。左そばのボックスに「住民投票」と入れてホタンを押せば、住民投票に関するブログ記事が出てくるので、ご覧下さい。なお、このブログは「カテゴリ」毎に読むこともできますが、最近の住民投票はいろんな分野に広がっているので、投票の記事を一つのカテゴリにまとめるのは無理でした。参考までに、2020年10月の時点において、ルール地方における住民投票を振り返り、各都市で印象深い例をあげ、リンクしておきたいと思います。西のデュイスブルクから紹介します。
• デュイスブルク：中央駅そばへのアウトレット店建設を拒否（2017.09.24投票）
  民間の商業施設建設を対象とする投票で、市議会が誘致を決定したことに対抗し、都心商店街が住民請求を行いました。投票結果は接戦となり、わずかの差でアウトレット建設の拒否が決定されました。計画を実施できなくなった土地所有者は、後に予定地をデュイスブルク市の子会社に売却することとなり、結果的にデュイスブルク市が意図する開発が可能となり、都市開発に重大な意味をもたらすこととなります。
• オーバーハウゼン：LRT（路面電車）105番線の延長を拒否（2015.03.08投票）
  この住民投票は、住民側が要求したのではなく、市議会の発議によって実施されており、その背景にはオーバーハウゼンの厳しい財政状況があります。残念ながら市長の思惑は外れて延長賛成は43％にとどまり、反対が57％と、延長は拒否されます。住民投票の前年に行われた市議会選挙は、社会民主党（SPD）が得票率39％で、次がキリスト教民主同盟（CDU）の33％でした。住民投票の半年後に行われた市長選挙は、LRTを推進したSPDと、反対の中心だったCDUの激しい争いとなります。SPD候補の得票は38％で、市議会CDUの代表として住民投票で反対を呼びかけたシュランツ氏が得票の53％を獲得し、市長がCDUに交代するという大きな変化が生じました。
• ミュルハイム：ミュルハイム市民大学を従来の場所に戻すと決定（2019.10.06投票）
  ミュルハイムは、よもやま6都市の中で最も住民投票が多い都市で、2000年にすでに実施されていますが、当時の厳しい条件のため成立しませんでした。しかし、2011年の改正で成立が容易になり、この市民大学を旧建物に戻す提案も、投票で認められました。しかし、建物改修費用を巡って大きなしこりが残り、改修が実現する見通しが見えないままです。住民投票の結果が有効な2年間が、このまま何も行われずに経過してしまう恐れもあります。
• エッセン：メッセの改造計画を「高価すぎる」として白紙に戻す（2014.01.19投票）
  市議会で決定されたメッセ改造計画に、反対投票を行った緑の党と左翼党が中心になり、署名を集め、住民投票が実施され、わずかの差でメッセ整備予算が否決されました。しかし、エッセンのメッセ建物は老朽化が進み、このまま放置することはできません。そこで、絶対に欠かせない点に限った改造案が直ちに作成されます。費用は当初案の約3分の2で、今度は緑の党と左翼党も賛成しました。2016年に改造工事が始まり、2019年末に完成し、何とかメッセが時代遅れにならずに済みました。当初建設予算の全額を節約できると思って「反対」に投票した市民は、少しがっかりしたかもしれませんが・・・。
• 残るボーフムとドルトムントですが、見落としたのかも知れませんが、住民投票にはまだ取り組まれていません。ただボーフムについては、区評議会の決定に反対して住民請求に取り組まれた例があります。請求の影響を考え、区評議会が決定を取り消したので、住民投票は不要になりましたが、その事情は「戦わずに勝利」した例としてこちらに紹介しています。両市で何か動きがあった場合は、ブログに紹介し、ここにも説明を追加したいと思っています。（20.10.02）

• 住民投票の制度は州によって異なりますが、まちづくりの基本となるＦプランやＢプランの当否を住民投票で争える州は、バイエルン、ヘッセン、そしてザクセンの３つしかありません。「ポシティブリスト」がある州では許容事項に含まれず、また「ネガティブリスト」しかない州ではＢプランやＦプランがその除外項目に含まれているのが普通です。
• まず、バーデン・ヴュルテンベルク州から見ていきましょう。ポシティブリストには「住民全体の役に立つことが明確な公共施設の建設」と書かれていますが、「公共施設を建設するためのＢプランは単なる予定にすぎず、投票の対象にはできない」というのが通説です。これは、ウルムのノイエ通り地下化に対する住民投票の経過を眺めればはっきりします。1989年にＢプランが定められましたが、住民は異議を出すことしかできす、もっぱら議会内の対立に終始しました。しかし、翌年7月に議会が着工を決定した結果、反対住民が投票を求める運動に取り組みました。議会の議決に対して投票を求めるには、議決の告示から４週間以内に署名を集める必要があります。ちょうど夏のバカンス・シーズンだったので、当初は「無理だろう」と思われていたそうですが、意外に多くの協力が得られ、投票へと進みました。カールスルーエの路面電車地下化でも、議会が地下化の方針を決定した際は反対住民は静観するしかなく、連邦の補助金配分が約束され、いよいよ着工することが議決された後に、はじめて住民投票を求める署名が取り組まれました。Ｂプランは「受動的計画」、つまり「ここまで許容します」ということを定めたものに過ぎず、「これを建設します」という能動的なプランではありません。だから、バーデン・ヴュルテンベルク州では、Ｂプラン自体を住民投票の対象にするのは無理です。
• バーデン・ヴュルテンベルク州に続いて住民投票を導入したシュレスヴィヒ・ホルシュタイン州では、住民投票ができないネガティブリストにＢプラン・Ｆプランが含まれており、他にも同様の規定を有する州がいくつかあります。バーデン・ヴュルテンベルク州では、州の町村会（Gemeindetag）が2002年に投票対象を拡大する改正案を発表しましたが、その案もＢプランをネガティブリスト入れています。町村会の提案を受けて野党が提出した改正案は、州議会与党の反対で日の目を見ることはありませんでしたが、町村会は、除外理由を次のように説明しています。

  　ＦプランとＢプランの策定、変更、補充、廃止は、公的及び私的な利益を互いに比較考量し、提出された異議について決定を行う行政手続であるため、住民投票から除外されるべきである。このようなことは、住民投票による決定では考えられない。この決定の複雑さのため、「はい」と「いいえ」で回答する形式である住民投票の対象にうまくすることができない。さらに、法律は、このために公的に（早期の）住民参加を予定している。Ｂプランの決定（例：Ｂプラン○○を告示する）は複雑な考量を含んでいるため、これを住民投票の対象とすることは、内容的にも許されないであろう。

• 住民投票の対象についての制限が最も緩いのが、バイエルン州でしょう。バイエルン州の自治体法によると、対象外とされている事項は次の４種類だけです。
  • 法律によって市町村長に委ねられている事項
  • 自治体行政の内部組織に関する問題
  • 自治体議会、市町村長、および自治体職員の法律関係
  • 財政条例
  したがって、バイエルン州ではＢプランを対象に住民投票を提起することが可能で、ニュルンベルクの都心には、Ｂプランが住民投票で否定された例があります。
• なお、「住民投票までの手順」で、費用がかかる提案について投票を請求する場合は、その財源を示す必要があると説明しましたが、バイエルン州やノルトライン・ヴェストファーレン州だけはこの財源調達方法を示す必要がなく、ノルトライン・ヴェストファーレン州も改正でそうなりました。このように、バイエルン州の住民投票制度は非常に寛容にできていて、他の州と違う点がいろいろあります。（02.12.26／15.03.25更新）

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