「ドイツのアウトバーン」と言えば、日本では「無料で、速度制限もない」と羨ましがられていました。たしかに整備されたアウトバーン網は素晴らしいものですが、これまで無料で提供されてきたことにはそれなりの理由があり、ドライバーは別の形で負担を求められていました。
そのアウトバーンでも、大型トラックの走行が1995年から有料化され、2005年からは人工衛星を活用する走行距離課金方式(世界初!)になりました。乗用車に対する有料化も2016年に開始される予定で(したが、遅れています)、全ての道路走行に課金すべきだという報告書も出されています。そこで、内情を覗いてみたいと思います。
日本の道路特定財源制度は、1953年の議員立法「道路整備費の財源等に関する臨時措置法」で、それまで一般財源とされていた「揮発油税」(ガソリン税)の税収が、すべて道路建設に充てられるようになったことに始まります。その後、道路特定財源の対象は自動車重量税等に拡大され、また揮発油税の税率が上げられ、特定財源の金額が巨大化しました。財源に余剰が出る情勢となり、2008年度一杯で特定財源制度は廃止されましたが、まだ道路予算に影響が残っているように感じられます。
一方のドイツですが、私の調べた範囲では、「増税を行い、その増収分を道路建設等に充てた」ことはありますが、「一般財源として使用されていた既存税金の使途を道路建設に特定した」事実は確認できませんでした。しかも、増税時においても、増加する税収の一部は鉄道など公共交通に充てられており、日本とはかなり考え方が違います。
日本で道路特定財源のきっかけとなったのは、1953年の「道路整備費の財源等に関する臨時措置法」で、当時の田中角栄議員らの議員立法でした。この法律は、建設大臣が「道路整備五箇年計画」を作成して閣議で決定することと、揮発油税の税収相当額を道路整備五箇年計画のための国の負担金または補助金の財源に充てることを定めています。
ドイツでこの法律に相当すると思われるのが、1954年に提案され、1955年に成立した「交通財源法」です。この法律は、ガソリンやディーゼル燃料、自動車に対する税金を増額して財源を生み出し、それを交通に投資することを定めています。その内容を日本の制度と比較すると、次の2点で大きな違いがあります。
日本は、一般財源となっていた既存の税収を道路建設に充てましたが、
ドイツは既存の税収は一般財源として従来どおり各種政策経費として使い、増税部分の使途だけを新たに検討しています。
日本は税収で道路を建設することだけを考え、交通手段全体のあるべき姿は考えていないように見えます。一方、
ドイツは交通手段の全体を視野に入れ、資金の配分を考えています。この時の増税による増収は年に約3.6億マルク弱で、まずアウトバーン建設に1.2億マルク、連邦鉄道に1.5億マルクを充て、残る0.9億マルク弱を連邦道路に充てることとされています。これは、増加する車だけに交通を依存することは無理で、鉄道の長所を生かすことが必要だと考えられたためです。
ドイツが東西交通の要となり、各国のトラックが頻繁に走行するようになったことがあります。自動車保有と燃料購入に高い税金を支払っているドイツのトラックは、アウトバーン建設に貢献しているので問題ないのですが、外国のトラックは自動車税を払わないことに加え、燃料もドイツ以外で入れる傾向があります。ドイツのトラックも周辺諸国の高速道路を走りますが、ポーランドやフランス、オーストリアと、みな有料です。だから、「ドイツの運送業は自国と他国の高速道路財源に貢献しているのに、他国はドイツに貢献していない。これでは、ドイツの運送業の競争条件が、他国と比較して不利だ」と問題になりました。そこで、外国のトラックにもアウトバーンの財源を提供してもらうために、有料化することとなったわけです。ただ、このまま有料化すると、ドイツの運送業は車と燃料への税金に加えてアウトバーン料金を支払うこととなり、競争条件の不利は変わりません。そこで、有料化の代償として、トラック保有への税負担を軽減したり、排気ガスが少ないトラック購入に補助金を出して、バランスがとられています。
日本の高速道路料金で、大型車はキロ50円前後なので、
ドイツの方が安くなっています。
EU(欧州連合)は、全加盟国に対し、2012年から3.5トン以上の全トラックの高速道路走行に料金支払いを求めるように義務づけています。しかし、ドイツのシステムは徴収費用が高すぎ、費用を賄えないという理由で、例外的に現行の12トン以上のみを対象とすることを認めてもらっているそうです。(10.08.04/15.05.14更新)
ドイツに接している多くの国のうち、西に接するベルギー、オランダ、ルクセンブルクのベネルクス3国、そして北に接するデンマークは、高速道路の利用が無料です。地図を見ればわかるように、これらの国から欧州市場へ向かう場合、ドイツは重要な経路となるので、ドイツが大型トラックのアウトバーン利用を有料化すると、大きい影響を受けます。
EU(欧州連合)との関係です、市場統合を目ざすEUの下では、外国に対して不利な行為は基本的に禁止されているためです。実は、ドイツは1990年にビネットによるトラック通行料金の徴収を開始しましたが、周辺国の反対で一旦挫折し、予定より5年遅れて、しかもビネットの料金をかなり安くする形でようやく始まりました。下に年表を作成して経過を示しましたので、ご覧ください。
| 年月日 | 出 来 事 |
|---|---|
| 1989.11.10 | 連邦政府がドイツ国会に「大型トラックによる連邦遠距離道路利用の料金に関する法律」を提案し、審議が始まる。法案は、一部修正の上、3月末に成立する。 |
| 1990.4.30 | 「大型トラックによる連邦遠距離道路利用の料金に関する法律」が公布される。 |
| 1990.7.01 | 上記の法律が施行され、料金徴収制度が始まる。 |
| 1990.7.12 | 周辺国からの提訴を受けたEUの裁判所が、本訴の結論が出るまでドイツは料金徴収を行ってはならないと決定する。 |
| 1992.5.19 | EUの裁判所が、ドイツの「大型トラックによる連邦遠距離道路利用の料金に関する法律」がEUの規程に反すると決定する。 |
| 1993.6.19 | EUの交通大臣会議で、道路交通への料金徴収を共同で行う方針が認められる。これを受け、ドイツ、ベネルクス3国とデンマークが、12トン以上のトラックに対して共同で課金することを表明する。 |
| 1993.10.25 | EUで、トラックへの料金徴収に関するユーロビネット指針(93/89/EWG)が認められる。 |
| 1994.2.9 | ドイツ、ベネルクス3国とデンマークが、「大型トラックによる特定道路利用への料金徴収に関する協定」を結ぶ。 |
| 1994.8.30 | ドイツで、協定を基礎とした「協定を実施するための法律」が公布される。 |
| 1995.1.1 | 12トン以上のトラックのアウトバーン走行に対して料金を徴収するユーロビネット制度が始まる。 |
| ポイント | 1990年の法律 | 1995年のユーロビネット |
|---|---|---|
| 方 式 | 年、月、週、日の期間による利用料徴収 | 同左 |
| 対象車両 | 18トン以上のトラック | 12トン以上のトラック |
| 対象道路 | アウトバーン、および連邦道路の市街地以外の部分 | アウトバーン |
| 年間利用料金 | 年1,000〜9,000DM(510〜4,600ユーロ)の6段階 | 年1,467と2,445DM(750と1,250ユーロ)の2段階 |
| 年間収入見込 | 11億2100万DM(自動車税を8億7,400万DM減税/1989年データによる推計) | 約7億DM |
EUは、加盟国がトラック向けにユーロビネット以外のビネット制度を新たに導入することを認めていなかったので、ドイツが1990年に導入しようとした制度を復活させることは無理でした。しかし、その一方で、1998年以降に関して「ユーロビネットから脱退し、走行距離による料金徴収を行っても良い」ことを認めていました。そこで、
ドイツ政府は、1998年に、原因者負担の原則に沿った制度を目ざし、距離による料金徴収に踏み切る方針を決定しました。問題は徴収方法で、プロジェクトグループを設置し、アウトバーンのケルン−ボン区間を用いて複数の方法を実験した結果、GPS方式を利用することに決定したわけです。なお、ケルンとボンの間には複数のアウトバーン路線がありますが、テストに使われたのは、ヒットラー政権が成立する前の1932年に完成したドイツ最古の路線、555号線だったそうです。(10.08.16)
ドイツ初のアウトバーンは、彼が政権に就く前年の1932年に開通したケルン−ボン間20kmで、建設を推進したのは、当時のケルン市長で、1949年に初の西ドイツ首相となったアデナウアーです。この時やナチス政権の時代は、利用料が議論された形跡は見出せませんでした。
日本の道路特定財源は道路整備計画のためで、高速道路はそれとは別枠になっていました。一方、
ドイツでは、ガソリンなど自動車燃料への税金や自動車への税金が、まさにアウトバーンを含む交通インフラ全体を賄うことを目的として増税されており、たとえばガソリンはリットルで数十円は高くなっています。したがって、このまま有料化すると、「同一の対象のために費用を2回徴収する」ことになってしまいます。もちろん、有料化導入を提案する側もこのことは理解しており、ガソリンや自動車への税金を減らすこととセットで出してくるのが普通です。(10.08.04/15.05.14更新)
ドイツ国内の手続きを終え、2016年実施を目ざして動き始めることとなりました。この法案は、州の代表で構成される連邦参議院で検討された後、その結果を含めて2015年2月11日に連邦議会に提案されていました。3月27日に連邦議会で可決された後、再び連邦参議院に送られ、参議院が5月8日に両院協議会の開催を求めることを断念したため、ドイツ国内の手続きは全て終了しました。
EU(欧州連合)によるチェックが残っていて、場合によってはEUの法廷で裁判になる恐れもあります。実は、上に説明しているように、
ドイツが1990年に初めてアウトバーンでトラック通行料金の徴収を開始した際は、周辺国の反対で一旦挫折し、予定より5年遅れ、しかも料金をかなり安くして開始できた、という苦い経験を味わっています。「今回は同じようなことにならない」という保証はありませんが、どのような制度が考えられているのか、とにかく説明しましょう。
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【距離制でなく期間】トラックの通行料金は、1995年に「年、月、週、日の期間による利用料徴収」という形で始まり、5年後に距離制になりました。今回の乗用車利用料金は、基本的に「年単位の利用料徴収」です。外国からの車については、年単位に加え、10日間と2ヶ月間の利用料も提供されます。
【対象となる道路】国内の車に対しては、1万3千キロ弱のアウトバーンと、3万9千キロの連邦道路が対象となります。一方、外国からの車は、アウトバーンだけが対象です。
【利用料金】料金は排気量や排気ガスに応じて計算されますが、最高でも年130ユーロで、平均で74ユーロと予想されています。10日間の料金は5〜15ユーロ、2ヶ月間料金は16〜30ユーロです。
【自動車税減税との関係】国内の車にとって重要なことは、同時に自動車税が減税され、結果的にドライバーが連邦に支払う費用は増加しない設計になっていることです。一方、外国からの車には、負担増となります。この点が、EUや周辺国から批判を受けると考えられているわけです。
【連邦の収入】政府は、外国車から年に約7億ユーロの収入があり、経費を差し引いた残りの5億ユーロをインフラ整備に充てられると見ています。一方、野党の推計では、収入は3億ユーロ前後で、道路整備に使えるのは1億ユーロ前後しか残りません。このため、野党は「収入に比較して経費が多すぎる」と、導入に反対してきました。 |
国内の車はアウトバーンと連邦道路、
外国からの車はアウトバーンだけ」である点は、不思議に感じる人もいると思います。私は、背景に次の2点があるのではないかと推測しています。ひとつは、「外国からの車はアウトバーンだけなので、外国を不利に扱ってはいない」として、周辺国の理解を得ることを期待しているように感じられます。もうひとつは、国内の車に関し「アウトバーンを使用しないことはそれほど困難でなくても、連邦道路も使用しないことは非常に困難」なことです。対象道路を1年間利用しなかった者は、返金を要求できます。自動車税を同額だけ減税しているので、アウトバーンだけにすると多数の返金要求が出され、連邦の道路整備予算に穴が開いてしまう恐れがあるので、それを防ごうとしてるものと考えられます。
EU(欧州連合)が1995年にまとめた報告書「公正で効率的な交通の有料化へ向けて」というグリーンペーパー(EUとしての議論を刺激し、対策をまとめるための資料として、提案とその背景を説明した資料)があると思われます。このグリーンペーパーは、全ての道路の走行に対して課金を行う広範なロードプライシングを提案しています。提案はまだ実施に至っていませんが、提案をもとにした議論は、ドイツが2005年にアウトバーンに導入したトラック通行料金をはじめ、ヨーロッパにおける道路利用有料化の状況に影響を与えているはずです。そこで、ますグリーンペーパーを簡単に紹介しましょう。
EUにとって気になる存在です。さらに、各国とも道路の渋滞に苦しんでいることに加え、排気ガスや騒音問題も無視できません。そこで、グリーンペーパーは、車、鉄道、船舶など交通手段の公正な競争のためには、交通における公平な競争条件が必要であり、それが産業の効率性やインフラへの財源配分を改善し、EU市場の成長にプラスになるという観点に立ち、検討を進めています。とくに、交通に起因する大気汚染、騒音、事故、渋滞という外部費用は、大半が車によるもので、これを放置していることは「社会に誤ったシグナルを発し、交通手段の選択を歪め」ている、と述べています。目ざすべきは、公正で効率的な「社会的に適切な費用体系」で、その下では、費用のみを考えて行動すれば、社会的にもより良い行動となるはずです。
ドイツが2005年にアウトバーンに導入したトラック通行料金の制度です。これにより、料金徴収所がなくても、距離を基礎にした道路利用料の徴収が可能なことが示されました。そして、この方法を活用し、全ての道路の利用に課金しようと考えたのが、オランダです。
オランダは人口密度が高く、ガソリンや車保有への課税をもとに道路整備を進めていますが、渋滞は解消せず、国の経済にもマイナスとなっていました。料金を徴収するという経済的手法で渋滞と闘うことも、なかなか合意が得られませんでした。しかし、2004年に17の関係団体を網羅する円卓会議を設置して議論を進めた結果、画期的なロードプライシング制度の導入が合意され、議会も2008年7月に方針に同意し、2009年には社会実験にこぎ着けました。2012年の導入を目ざしてこのまま順調に進むと思われていましたが、オランダ軍のアフガニスタン駐留延長問題で2010年2月末に連立政権の一角が崩れ、実施が凍結されました。その後、2010年6月の総選挙で政権の枠組みが変わったので、実施はさらに困難となっています。このまま「幻の制度」となるのでしょうか、それとも復活があるのでしょうか。
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◆ 事業の主目的は、渋滞を半分以下に減らし、交通の流れを改善することです。予測では、2020年までに渋滞が58%減少し、同時に走行距離が15%、交通によるCO2排出が19%、交通事故が7%減少するとされていました。
◆ これは、ドライバーからより多くの金額を徴収することではなく、支払う基準を変えることで達成されます。これまではガソリンなどの燃料と、車の保有に課税されていましたが、燃料課税は大幅に低減し、自動車への税金はなくします。そして、これに代わるのが、道路走行キロに応じて支払う使用料です。
◆ 新システムの特徴は、使用料が柔軟なことです。たとえば朝早く出勤するとピーク時より使用料が安くなり、混雑する道路を避けることでも同じような効果を期待できます。また、排気ガスが少ない小型エコカーと、大型乗用車の間には、10倍以上の料金格差をつけます。当初はキロ平均3セントで、次第に増額し、最終的には平均6.7セントにする予定でした。
◆ このような柔軟な料金設定を可能にするのがGPSシステムで、各車両に無料でユニットをとりつけます。そして、毎月、走行に応じた金額が口座から引き落とされる、と説明されていました。
◆ ドイツを始めとする他のヨーロッパ諸国は、「オランダがどうなるのかを見極めた後に、どうするかを決めよう」、という態度でした。オランダが挫折した今、「では私がやってみよう」という国は、まだ現れていません。 |
ドイツの連邦環境庁(Umweltbundesamtで、連邦環境自然保護省とは別組織になっています)が、「ドイツの全道路網に走行実績による乗用車への課金を導入することが最も良い」とする報告書を発表し、現地でもニュースで取りあげられました。この資料は、オランダの試みが挫折した少し後に発表されており、オランダに倣って行ってみた検討の結果を公表したものだと考えられます。しかし、当時のCDU/CSUとFDPの連合政権がこの案を採用する可能性はなく、とくにFDPが強く反発したため、数日間で話しが消えてしまい、ドイツの政策に影響することはありませんでした。