シュトゥットガルト21の州民投票
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1922年に開業したシュトゥットガルト中央駅。設計者の名前によってBonatzバウと呼ばれる。(出典:ウィキペディア・コモンズ)
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2011年11月27日(日曜日)に、ドイツ南西部にあるバーデン・ヴュルテンベルク州で、巨大な公共投資プロジェクト「シュトゥットガルト21」を実施するかどうかに関し、州民が直接民主主義で決定する「州民投票」が実施されました。このような大規模インフラをめぐる投票はドイツでも珍しく、生まれたきっかけには「日本」も関係しています:そう、福島第一原発の事故です。そこで、日本にも何か参考になる点があるはずだと考え、紹介を試みることとしました。
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州民投票の内容と、投票結果を教えてください。
- 投票は、「あなたは、"鉄道プロジェクト シュトゥットガルト21の契約にある解約条項を実施する法律"の法案に賛成しますか」という質問に対し、「はい」か「いいえ」で回答するものです。
- 州の有権者762万人の48.3%にあたる約368万人が投票に参加しました。結果は、有効投票の41.2%が「はい」、残る58.8%が「いいえ」で、この法案は流れることとなりました。なお、法案が州民投票でそのまま成立するには、有効投票の過半数が賛成することに加え、賛成が有権者の1/3以上ある必要がありました。今回、「はい」と投票したのは有権者の19.8%と、2割にも達しませんでした。
- 結果は、都市や地域で異なります。投票率が最も高かったのは、もちろんお膝元のシュツットガルトで、67.8%でした。「はい」は有効投票の47.1%で、有権者の31.8%でした。また、最も「はい」の比率が高かったのは環境都市として有名なフライブルクで、有効投票の66.5%を占めました。しかし、投票率が44.6%と低く、「はい」は有権者の29.5%にとどまりました。
- こうして、1/3以上の有権者が「はい」を選んだ都市や地域はなく、その意味では「極めて明確な」結果になりました。(11.11.29)
どのような経過で州民投票が実施されることとなったのですか。
- バーデン・ヴュルテンベルク州では、2011年3月27日に行われた州議会選挙で、「歴史的な結果」がもたらされました:原発反対を旗印の一つとしていた「緑の党」の大躍進と、これまで長期にわたって政権を維持してきたCDU(キリスト教民主同盟)の衰退です。変化の最大の原因は、東日本大震災による福島第一原発の事故です。
- 総議席数138で、最も多いのはCDUの60議席でしたが、第2党が緑の36議席、次がSPD(ドイツ社会民主党)の35議席で、残る7議席はFDP(自由民主党)です。過半数には70議席が必要で、まず緑とSPDが連立を目ざして交渉を開始しました。
- 連立交渉で最も障害となったのが巨大プロジェクト「シュトゥットガルト21」の扱いで、当初から連立の成立を危ぶむ声がありました。緑は選挙中から声高く「反対」を叫んでいて、SPDにも一部同調者はいましたが、大勢は賛成でした。工事はすでに着工されていて、止めた場合には違約金も発生します。だから、緑の内部にも、「反対だが、実際に止められるかどうかは微妙だ」という声があったそうです。
- 選挙から1ヶ月後の4月27日に成立した連立協定には、「シュトゥットガルト21」に関し、次の2点が定められました。
- 総費用を45億ユーロまでとし、これをこえる場合でも、州は追加負担を行わない。
- 実施するかどうかの決定は州民に委ね、「州民投票」を実施する。
- こうして連立が成立して緑の党のクレッチュマン氏が州首相に選ばれました。州政府は州議会にシュトゥットガルト21の契約を解約する法案を提案し、緑の党だけの賛成で予定通り否決した後、この法案を州民投票にかけることを決定しました。(11.11.29/11.12.02更新)
「シュトゥットガルト21」とはどのようなプロジェクトですか。
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工事の概要。クリックすると倍の大きさになります。(出典:ウィキペディア・コモンズ)
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- 一言で言うと、「駅のホームを櫛形(終着駅の頭端式ホーム)から、通過型に変える」プロジェクトです。このためには、現在地上にある駅の地下に新たな路線を敷設し、地下駅にしなければなりません。
- ドイツでは、他にもミュンヘン、フランクフルト、ライプチヒなどの大都市にこのタイプの駅があり、パリやロンドンには何ヶ所かあります(ハリー・ポッターで有名なキングズクロス駅もそうです)。このタイプでは、列車が到着した後に機関車を付け替える場合もあり、停車時間が長目に必要になります。なお、通勤などのために近郊路線が建設されていて、その路線はシュツットガルト都心では地下を走り、駅も地下駅になっていますが、それとは別に大規模な地下駅を建設する計画です。
- プロジェクト推進派は、このプロジェクトにより、シュトゥットガルト周辺地域でスピードアップが図られ、欧州鉄道の中心地のひとつになると考えています。一方、反対派は、巨額の費用を問題としたり、あるいは工事で公園の多数の樹木が伐採されることや、歴史的な駅舎の一部が取り壊されることを問題としています。もちろん、「櫛形ホームでも、改良で効率を高められる」と主張していました。
- なお、ドイツ在住の松田さんが詳しく説明している古きよき終着駅も通過駅へという記事があり、状況が良くわかりますので、そちらも参考にしてください。(11.11.29)
プロジェクトが注目された背景は何でしょうか。
- 全国的な注目を集めたきっかけは、2010年夏の着工に対し、反対住民によるデモが先鋭化して、警察と衝突になり、負傷者も出たことだと思います。この結果、シュトゥットガルト以外の都市にも反対運動が広がり、私が観察しているルール地方でもプロジェクトに反対する市民のデモがありました。他州のプロジェクトに反対するデモが行われるのは、非常に珍しいことです。
- 州民投票制度はほとんどの州にあり、バイエルン州(州都:ミュンヘン)では州民投票で制定された法律もあります。しかし、バーデン・ヴュルテンベルク州は条件が厳しく、1971年に州議会解散を求めた投票が行われただけで、法律制定をめぐる投票は今回が初めてです。この点も関心を集めることとなりました。
- もちろん、この種の巨大プロジェクトを州民投票で決めようとすることも、聞いたことがありません。今後もこのように大規模なプロジェクトが行われる可能性があるので、興味ある決着方法だと関心が持たれています。(11.12.02)
地元では結果がどのように受け止められていますか。
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宮殿広場から中央駅の塔を見る。1922年までこの宮殿広場前にあった駅が、500m北東の現在地へと移設された。(著者撮影)
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- 州民投票自体を否定する声はほとんどないようですが、「遅すぎた」というコメントはあります。たしかに、本来であれば、2010年に警察と反対住民が衝突する前に行われるべきだったでしょう。州民投票は、緑の党とSPDが連立するための「唯一の方法」だったとも言われており、そのために費用をかけて選挙をしたと批判的に見ている方もいらっしゃるようです。
- 問題は、反対運動への影響だと思います。毎週月曜日に行われている反対デモは、投票の翌日にも行われています。しかし、これまで可能だった「反対する者が多いのになぜ工事を行うのか」という主張ができなくなったのは、痛手かもしれません。反対運動から手を引くと表明した団体もあり、今後どうなるのか、私も興味を持っています。
- 法律関係者には、今回の州民投票に懐疑的な方もいます。「鉄道は連邦の問題なので、州民投票で決定するのはおかしい」とか、「実質的に(投票が禁止されている)予算案を州民投票にかけることになる」などという意見があったそうです。連邦憲法裁判所に州民投票を禁止する訴えも行われましたが、投票日の3日前に、「連邦憲法裁判所は州憲法に関することは扱えない」と却下され、投票が実施される運びとなりました。(11.12.02)
今後、州の政治や工事は順調に進むのでしょうか。
- 緑の党とSPDによる連立政権最大の障害が解決したので、州の政治は順調に進むものと期待されています。最も恐れられていた投票結果は、「建設反対が投票の過半数を占めたものの、法案成立のために必要な有権者の1/3には達しない」ケースで、両党の連立に深刻な影響を及ぼす可能性がありました。それが避けられる「明確な結果」に、ほっとしている関係者が多いようです。
- 建設工事の方では、「工費の拡大」が最大の問題になると思われています。州が提供する費用に上限を定めた政策協定に対し、鉄道は「費用が膨張した場合、州も分担する責務がある」と反発しています。費用が膨張する要因のひとつに工事の遅れがあるので、工事を迅速に進めることもポイントの一つになりそうな感じです。(11.12.02)
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